避妊とポルノグラフィ

1910年代の女優ブロマイド

男性編

19世紀ヴィクトリア朝――性に厳格なイメージが強い道徳的な時代と思われがちですが、それはあくまでも表の顔。内実は娼婦や売買春がたくさん存在していました。
表向きに語られることがないだけで、とくに男性たちは性に奔放でした。

労働者階級の男性ならば、周囲で性に関する世間話があちこちに転がってました。わずか12歳の少年が娼婦を囲っているのも珍しくなかった、というのだから驚きです。そして、20歳ぐらいで結婚するまでは、春を買うの普通でした。

複数の家族で寝起きをするほどの貧民になると、同居人同士で自然とそうなることが多かったようです。貞操観念や性に関する知識などありませんから、望まない妊娠でさらに家族が増えてしまいます。

上中流階級の男性たちは、寄宿学校で性の知識を仕入れるのが普通でした。同級生や先輩からです。そしてイートン等の名門校の生徒たちも、出版が規制されているポルノグラフィを読みました。おもに、ホリウェル通り(Holywell Street)の書店で購入しました。当時、その通りが、地下出版書籍を売っていることで知られていました。
ポルノグラフィを出版、販売すると警察に逮捕されるため、彼らは隠語を使って入手したといいます。

ホリウェル通りと男性客
↑ホリウェル通り。書店に群がる男性客のお目当てはおそらく……。

そんな男性たちが娼婦を買うようになるのですが、そのあとで必ず悩まされるのが、性病。主に梅毒ですが、それを防ぐために、彼らはコンドームを使用しました。しかし、それは労働者階級の人々が使うには高価な消耗品でした。

避妊を目的に作られたと連想しがちですが、コンドームは性病予防に使われました。1880年ごろまでは動物の腸、以降はゴム製が主流になりました。しかし破れやすく、その効果は必ずしも高いとはいえなかったようです。

性病を避けるために裕福な家の男性は、使用人である年若いメイドに手を出す者がいました。そのメイドが妊娠してしまい、解雇されるのもよくある話でした。

性に抑圧的な当時、マスターベーション(自慰)もタブーでした。それをすることにより、男性らしさの精が失われてしまうと信じられていたのです。
だから寄宿学校の生徒たちは、教師にマスターベーションをしないよう警告され、もししたのがバレてしまうとムチ打ちの罰を食らいました。
しかしあくまでも表向きの話なので、ポルノグラフィを見ながらこっそりふけるのが普通でした。

女性編

上中流階級の女性たちは結婚するまで、性に関する知識はほとんどないのが普通でした。
性教育そのものがタブーでしたから、月経がなぜあるのか少女たちは知りませんでした。不浄な出血を忌み嫌い、なかには非常に恥ずかしがる娘までいました。

脚を出すこともはしたないため、靴屋で靴を試着する専用の器具もあったほどです。板の中央に輪が開いていて、椅子に座ったレディがそこへ足を通して店員に靴を試着させました。ピアノの脚も性的なものを連想させるため、わざわざ専用のカバーをつけたのだから、徹底しています。

ヴィクトリア朝時代、女性とは性的に感心がない、無欲だ、というのが定説になっていましたが、実際は、女性たちに純潔を強いた教育のため、無関心を装っていたのです。恋人とふたりきりになると積極的に睦み合いをする、大胆な令嬢もいました。

あと女性たちが性的なものに興味がない理由に、出産への恐怖があります。現代とちがい、当時、出産は命がけでした。昔から、政略結婚をした新妻が出産で死亡するのは、歴史書でもときおり出てきます。
性交によるオーガニズムを感じてしまうと、妊娠の確率が高まると信じられていたため、レディたちはひたすら性を忌避していました。子供をつくるため、仕方なく応じていたのです。

当時の一般的な女性の避妊方法は、スポンジ(海綿)を膣内に挿入し、精子の侵入を防ぎます。精子を殺すためにレモン汁などを含ませました。ただコンドーム同様、これも成功率が高いとはいえなかったようです。

避妊用スポンジ
PHOTOGRAPH BY SCIENCE MUSEUM, LONDON, WELLCOME IMAGES
↑避妊用スポンジ

上中流階級の女性たちは貞淑でしたが、労働者階級の女性はちがいました。
レディたちの婚前妊娠は世間的に非難される行為でしたが、労働者階級の女性は妊娠したのちに結婚、というパターンが多かったのです。
なぜなら、女性が働き続けるには、結婚と妊娠は大きな壁になりました。直前まで雇用主に知られないよう、ぎりぎりまで子なし独身を装います。

メイドにすらなれない貧しい少女は、ほかに仕事がないため、娼婦になりました。12歳ごろから客を取り始め、だいたいが大人になる前に病気で死んでしまいます。
それでも生きるために、少女たちの売春がなくなることはありませんでした。
表向き、売春は禁止されていましたから、逮捕されて監獄へ入れられてしまう娼婦もたくさんいました。

19世紀初頭のポルノグラフィ
↑19世紀初頭ごろのポルノグラフィのひとつ

参考文献とサイト

ヴィクトリア朝の性と結婚 性をめぐる26の神話 (中公新書)
ヴィクトリア朝の性と結婚 性をめぐる26の神話 (中公新書)

鍵穴から覗いたロンドン (ちくま文庫)
鍵穴から覗いたロンドン (ちくま文庫)

写真で見る避妊具の歴史、古代ローマ時代の品も | ナショナルジオグラフィック日本版サイト

エロ本の歴史、19世紀ロンドンで起こったポルノを巡る「戦争」とは? – GIGAZINE

パリ、娼婦の街 シャン=ゼリゼ<パリ、娼婦の> (角川ソフィア文庫)
パリ、娼婦の街 シャン=ゼリゼ<パリ、娼婦の> (角川ソフィア文庫)” border=”0″ /></a></p>
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