メイドの私生活と賃金

In a cottage by the sea

ビートン夫人の家政読本1906年版より抜粋 女性使用人の年俸

家政婦……30-60ポンド
小間使(侍女)……25-40ポンド
料理人……20-60ポンド
台所女中……16-28ポンド
流し場女中……14-18ポンド
保母(ナニー)……25-35ポンド
保母見習……12-18ポンド
客間女中……20-35ポンド
家女中頭……20-28ポンド
家女中見習……14-18ポンド
雑役女中……12-28ポンド

 男性使用人と比較すると、かなり額が抑えられているのがわかります。男女同じ仕事をしても、性差で給金が異なるのは当り前でした。
およそ現在円で換算すると、1905年当時の1ポンドは1~1.5万円ほどの価値があります。

メイドたちの住まいは大抵、屋根裏部屋にありました。家政婦と侍女、料理人は上級使用人のため、暖炉付きの個室です。下級メイドたちは同僚と相部屋でした。ひとつのベッドをふたりの少女が使うことも珍しくありませんでした。

なけなしの賃金を初めて支給されたメイドは、何を買ったでしょうか?
ドレス?リボン?ブーツ?お菓子?
いやいや、ほとんどは実家へ給金の大半を送金していました。彼女たちは貧しい農家の出身で、兄弟姉妹も多かったからです。生活するだけで精いっぱいでした。だから少しでも家計の足しになれば、と親孝行な彼女たちは自分のために使わなかったのです。
まだ13~14歳ほどの少女たちの、素直な優しさが微笑ましいエピソードです。

やがて転職をしてキャリアを積むと給金もアップします。そのなかでやりくりしながら、メイドたちは楽しみを見つけました。
お金もですが、休暇もほとんどありません。標準は週に一度の午後半日休みと、月に一度の一日休み。あとは日曜日に数時間ほど。
もちろん、あくまでも目安だから主人が厳しければ、休みはほとんどとれません。なかには手紙を読んでいるのが見つかるなり、裁縫や銀器磨きをさせられたメイドもいるほどです。休暇はいっさい、ありません。

とくにひとりですべての家事をこなす雑役女中は、休みを取りにくかったことでしょう。交代してくれる同僚がいないのですから……。
いっぽう、大きなお屋敷だとたくさん同僚がいるため、交代で休暇をとることもできました。年末年始に一週間から二週間ほどの長期休暇(ホリデー)をもらえる使用人もいたほどです。

FLOWERS OF SOCIETY AT THE BOTANICAL GARDENS. WEDNESDAY NIGHT.
↑盛大な植物園の夜の催し。

メイドたちの娯楽

メジャーな娯楽は午後の休暇を使ったショッピングでした。田舎屋敷のメイドだと近くに何もなく、町の商店街へ出かけるのも大変だったようです。車や馬車に乗せてもらって、慌ただしく日用品を買い込みました。
自転車が登場して広く普及すると、いつでも好きなときに外出が可能になったことで、メイドたちの自由も増えました。

とくにおしゃれなドレスを買うのが楽しみだったようです。なぜなら、新品の流行ドレスを身にまとい、田舎へ帰省すればみんなに羨ましがられ、誇らしい気分になるから。
ある優しいメイドは、何も持っていない妹のために、着てきたペールグレーのドレスをあげました。自分は、二番目のよそ行きの黒いドレスを来て職場へ戻ったのです。

読書にふけるメイドもたくさんいました。当時、お堅い宗教書や実用書を読むのが推奨されていましたが、そんなもの面白いはずがありません。こっそり仕事の合間に、ロマンス小説を読むのです(笑)
その内容は、身分の低いメイドが偶然、ある男性と知り合って恋に落ちるも、なんと彼は貴族の紳士や息子の若様。周囲に反対されつつも愛で乗り越え、めでたく結婚――が主流。とても陳腐ですが、夢見る乙女心には甘くて麻薬のような内容です。
そんな身分差を否定するような思想を植え付ける書物を、主人たちが快く思うはずがなく、地下の厨房や屋根裏部屋が読書の場所でした。
ロマンス小説だけでなく、シャーロック・ホームズシリーズのような娯楽本も好ましくないと思われるため、それらも隠れて読みました。

その他に縫い物、編み物、ダンス、映画鑑賞、サイクリングもあります。
とくに楽しみだったのが、一年に一度行われる、クリスマスの翌日の祝日ボクシングデーのパーティーです。その日は、屋敷の使用人たちのためにダンスパーティが開かれたり、大道芸人たちがやってきてメイドたちを大いに楽しませました。
そして主人にこっそり、同業者の友人を厨房に招いてパーティをするのもよくありました。料理人だった場合、おいしい食事にありつけたので、喜んで遊びに行ったのでしょう。

VICTORIAN KITCHEN 19C

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