社交界~舞踏会と晩餐会

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上流階級の社交界とは

中世の王侯貴族たちの戦勝大宴会や、宮廷舞踏会が社交界の原型です。
19世紀に入ると民主主義が台頭したフランスにおいても、社交界が盛んでした。なぜなら社交界は、上流階級が社会に権威を誇示するために必要だったからです。豪華になればなるほど、注目を浴びておのれの階級差を知らしめました。
王政が廃止され、階級制度が無くなったはずのフランスの社交界が、イギリス以上に華やかだったのもそのためでした。

パリの社交界

イギリスでは12月ごろから社交が始まります。議会のある貴族たちが、家族や使用人を引き連れて、ロンドンのタウン・ハウス(町屋敷)へ移動しました。それに伴って、パーティーが開かれます。
盛期は復活祭が終わった4月~6月ごろで、連日、社交の集まりがありました。
エプソム・ダービーの競馬や、スポーツ大会などもあります。

朝はハイド・パークで乗馬、昼は男性はクラブか議会、女性はお茶会や訪問をしてすごし、夜になるとオペラ鑑賞や、舞踏会、晩餐会に参加しました。

8月ごろに、社交界シーズンが終わり、それぞれのカントリー・ハウス(田舎屋敷)に引き上げます。

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舞踏会

独身の男女がダンスをする場が舞踏会でした。ただ踊るだけでなく、若い娘と息子たちのお見合いを兼ねています。
社交界デビューした令嬢たちが、将来の夫を見つけるため、ドレスを着てめいいっぱいのおめかしをする場でもありました。

格式高い舞踏会になると、招待状に曲名と順番が書かれたプログラムも配布されます。横には空欄があって、予め踊りたい相手の名前を書きました。しかし無知に育てられた令嬢がだれを選べばよいのかわからず――本命が密かにいたとしても――、母親が決めます。
そのなかで最も踊る回数が多い男性が、本命となるわけです。家督と財産を継げる長男(嫡男)に人気が集中しました。次男以下だと、ランクが落ちてしまうのです。
ただし、4回連続で同じ男性と踊るのはマナー違反とされました。

舞踏会当日。一曲目のカドリールがスタートすると、招待客のなかで最も地位が高い男性と、女主人(あるいは娘)が踊り始めます。
そして夜のあいだ、若い男女が次々とパートナーを変えて、踊り語らいながら結婚相手を見つけました。
19世紀末に踊られた曲は、カドリール、ワルツ、ポルカ等。とくに人気があったのが、ふたりきりで踊れるワルツでした。

食事は別室に軽食が用意されていて、ビスケットやサンドウィッチ、アイスクリーム、ワイン等で空腹や喉の渇きを潤しました。

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残念なことに集団お見合いに必ずあるのが、恋愛対象の格差。舞踏会でもそれはあって、いわゆるもてない令嬢(年齢が上、不美人、ひどい人見知り……とかでしょうか)は、男性からパートナーの申し込みをされず、壁際で待機することに。いわゆる「壁の花」です。
令嬢たちは壁の花になるのをとても恐れていて、マンスフィールド短編集では順調に誘われた少女が、安堵する心理描写がありました。

もちろん、対象外にされてしまう男性もいて(親子以上の歳の差、財産がない、おぞましい容貌や言動……とかでしょうか)、同作品ではなんと30年もパートナーを探し続けている男性が登場。彼をあしらえなかった女性たちは仕方なく踊り、別の場所へ去ってしまうと、ほっとする場面もあります。

舞踏会となる会場は屋敷の広間となることが多く、足りないときはテラスや温室も解放されました。テラスで語らう男女の姿はロマンティックですが、母親が娘に「本命とそうしなさい」とこっそりと指導していました。

Flickr: The British Library's Photostream

晩餐会

晩餐会(ディーナー・パーティー)とはその名の通り、豪華な夕食とおしゃべりを楽しむ親睦会でした。そして交流を通じて人脈を広げ、社会的地位の向上を狙う絶好の機会でもありました。

晩餐会は女主人が開催します。だいたい2週間~2日前までに招待状を送り、当日は午後7時ごろに招待客が集まりました。19世紀半ば以降は15分ほど遅刻するのが礼儀だったそうです。

19世紀末の晩餐会

客たちが応接間で待機しているあいだ、どの男女をペアにするか、席順を決めます。その席順が重要で、会話が盛り上がらなければ晩餐会は不成功に終わってしまいます。主人夫妻はだれを招待し、だれとだれを会話させるのかを非常に悩みました。
中流階級の晩餐会では、成功――社交界の名士に喜ばれると社会的地位も上がるため、とても神経を使ったに違いありません。

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料理の支度が整うと使用人が呼び、主人と一番地位のある女性客と腕を組んで、食堂へ案内します。男女が隣同士に座り、晩餐が始まります。

だいたい晩餐会は10人前後で、コース料理も10ほどでした。
19世紀前半まではフランス式給仕(大皿に盛った料理を銘々が、従僕を呼んで取り分ける)が主流で、後半になるとロシア式(大皿で一品ずつ運ばれ、その都度、執事がサイドテーブルで取り分ける)、その後は折衷になって、主人が切り分けた肉やデザートを、従僕が給仕しました。

10皿以上もあると、かなりのボリュームがありますが、すべて食べる必要はありません。とくに女性客はほとんど手をつけないこともありました。食べきれないのもありますが、ダイエットやきついコルセットも要因のひとつだったでしょう。
残った料理は、使用人たちの夕食や夜食になりました。

デザートを食べ終えたら、女性客は居間へ移動してコーヒーや紅茶を飲みます。男性客はそのまま居残り、時計回りにワインを飲み、煙草を吸います。
一時間後、再び男女が合流し、11時ごろまで会話を楽しみ、閉会となります。

In absentia

参考メニュー。『ロンドン 食の歴史物語―中世から現代までの英国料理』より。

1904年6月22日の晩餐、ピカデリー148番地にて

ターチュ・リエ(とろみをつけた海亀のスープ)
ビーフ・コンソメの冷製
シラスのディアブル風およびナチュレル風
パン・ド・サーモン・ア・ラ・リッシュ(鮭のパンケース詰め)
ジェノヴァ・ソースまたはオランデーズ・ソース
カーユ・ブレーゼ・プランタニェール・ドミグラス(胃袋の煮込み、春のドミグラスソース添え)
子羊のカツレツ、ラケル風
カネトン・ア・ラ・ヴォワザン・クーリ・ダナナス(近在の鴨のピュレ、パイナップル・ソース添え)
綴れ織り風サラダ
ヴァネゾン・ア・ラングレーズ(イギリス産鹿の腰肉)ポルトソースとカンバーランドソース添え
シャンパンのグラニテ(シャーベット)
雌鳥のロティ(ロースト)、オルトラン(ズアオホオジロ)添え
アルジャントトゥイユ産アスパラガス、ムスリーヌソース
雉の卵、パルマンティエ風
パイナップルのパイ
プティ・デュク(ワイン)フルートグラスで
小さな砂糖菓子
フォンダン・オ・チェシャー
コーヒー・アイスクリームとバニラ風味のパン
プチ・ゴーフレット

……主催者は不明ですが、かなり豪勢な晩餐会だったようです。上流貴族か大富豪だったのでしょうか。

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サロン

同じ夜会でも、晩餐会よりさらに内密になったサークルがサロンです。とくにフランスではサロンの力が強く、招待された、されなかったによって社交界での地位が決まるといっても過言ではありませんでした。
資料がフランスのものしかないため、以下はイギリスの場合と異なるかもしれません。ご了承ください。

女主人が主催するサロンに招待されるためには、まず、招待された舞踏会や晩餐会での振る舞いが重要になります。そこで失態をしたり、女主人から不評を買えば、サロンに招待されることはありません。それどころか、二度と、夜会に招待されないでしょう。

いっぽう、だれを招待してだれを拒否するか、女主人はとても悩みました。客のランクこそ、サロンのランク――ひいては、社交界での地位が決まるからです。

無事、女主人に気に入られると、招待状が届きます。もし、あいにくその日の都合が悪ければ、たっぷりとエスプリ(上品なジョーク)がきいた、心のこもった欠席の返事をしたためます。そこでしくじってしまえば、二度と招待状は来ないでしょう。
断る側も真剣です。なぜなら、当時に複数の招待がきており、どのサロンに出席するかを悩むからです。社交界での影響力によって優先順位が変わります。
まさしく招待するがわとされるがわの駆け引きです。

Salon de Gourdon

サロンの女主人は威厳と気品を持って、自宅に招待客を迎えます。公平に接し、色恋に溺れてはなりません。あってもうまくかわします。発覚してしまうと、社交界での名声が失われてしまうからです。

不思議なことに、サロンの女王=身分の高さ。ではありませんでした。どんな客を呼び、どんなもてなしをするかで、女主人の評判は決まりました。
そして娘が適齢期になるまでは、女主人は25~35歳ということになっており、36歳以上だと秘密にしなくてはなりません。……理由は書いてないので、不明です(^_^;)

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主な参考文献

イギリス貴族―ダンディたちの美学と生活

自転車に乗る漱石―百年前のロンドン (朝日選書)
自転車に乗る漱石―百年前のロンドン (朝日選書)

十九世紀イギリスの日常生活
十九世紀イギリスの日常生活

職業別 パリ風俗
職業別 パリ風俗

↑以上で紹介している参考文献ですが、全て絶版のようです。電子書籍化もされていませんので、ぜひキンドル化をリクエストするボタンを押してください。

↓直接参考にはしていませんが、現時点で入手できる社交界について書かれた書籍を以下に紹介します。

明日は舞踏会 (中公文庫)
明日は舞踏会 (中公文庫)

図説 英国貴族の令嬢 (ふくろうの本)
図説 英国貴族の令嬢 (ふくろうの本)


※2017年2月に発売されました。当ブログで社交界についての記事が人気があるため、需要がありそうだと出版されたのかもしれません。(まさかと思うけど、そんな気がしてたまらない・笑)
図説 英国社交界ガイド:エチケット・ブックに見る19世紀英国レディの生活 (ふくろうの本)