イギリスの貴族

・イギリスの貴族とは?

ヴィクトリア朝がテーマのブログだから、国名は必要ないのにと思われるかもしれませんが、”イギリス”の貴族と題名をつけたのには理由があります。

王政時代のフランスや帝政ロシアと違い、イギリスは一部の例外を除き直系の長男一人しか爵位(称号)と領地、財産を継ぐことができませんでした。
なぜなら、男系一子のみ相続させることで、貴族の権威を堅守するためです。次男、三男や娘たちが爵位や財産を分与すると、領地や財産が分割されてしまいます。

現代の感覚では長子・女性差別的に感じてしまう伝統ですが、それには上記の意味がありました。
だから父親や伯父から継いだ貴族は、それらを守って次世代に継がせなくてはなりません。

19世紀当時のイギリスは厳格な階級社会でした。その頂点に君臨するのが王族で、そのすぐ下が貴族になります。
長子相続、限嗣相続。この二つが組み合わさることで、貴族の爵位を継ぐ者はごく限られました。
当然、人数は非常に少なく、1880年の時点でわずか580人です。准男爵は856人。(ちなみに当時のドイツでは推定2万人。1858年のロシアではなんと60万人!)

その少数の貴族たちが、イギリス国内で莫大な領地を所有していましたから、収入も桁違いでした。領地の管理だけでなく、その富で田舎屋敷の城を作り、盛大なパーティを催して社交界で権威を誇示するのが、貴族たちの務めでした。
ほかには貴族議員としてロンドンの国会議事堂に集い、国政に参加する必要があります。あくまでも趣味の一環なので、報酬はありませんでした。

その代わり、高貴なる者の義務(ノブレス・オブリージュ)として、戦争があれば率先して駆けつけ、勇敢に戦いました。第一次世界大戦では、大勢の若い貴族や郷士の子弟が戦死してしまいます。

・大貴族と新貴族

中世、国王軍の騎士として戦争に従軍した貴族は長い伝統がありました。イギリス貴族の始まりは1066年にブリテン島を制服したノルマンディのウィリアム一世の騎士と、当時のサクソン軍の騎士と言われています。
ちなみに、伯爵と男爵の数が多いのは、古くから存在した称号だからです。彼らは地方領主として統治を行い、戦争があれば騎士として国王のもとへ駆けつけました。高貴なる者の義務はその名残です。

公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵――が、貴族です。世襲制です。
その下の准男爵は世襲制ですが、厳密に言えば、貴族ではありません。あくまでも平民のため、貴族院で国政に参加することができませんでした。
さらにその下には一代かぎりの称号、士爵(ナイト)があります。

いっぽう、成金ブルジョワたちが土地を買いあさり、金で称号を買ったのが新貴族です。1880年ごろから増え始め、1760年は181人だった貴族の数は、1900年には524人に増えます。
20世紀初頭、ロイド・ジョージ首相が称号を多く売って、政争でブルジョワを味方につけました。

・貴族の生活と凋落

ひと言ですませると「いかにエレガントに見せるか」につきます。
貴族の貴公子たちはおしゃれを社交界で競い合い、新たなファッションを生みます。それを中流階級の紳士たちが真似をして流行になります。
戦争がなくなった19世紀はまさに、エレガントを競う時代で、とくに有名なのがジョージ・ブランメル。彼は貴族ではありませんが、黒一色のスーツを流行させ、紳士の定番にしたことで有名です。そんな彼らはダンディ(伊達男)と呼ばれました。
※服装についてはスーツの歴史を参考。

しかし1880年ごろを境に、貴族の権力はじょじょに衰退していきます。海外から安い穀物が輸入されるようになり、領地の収入(おもに小麦の収穫)では、生活が成り立たなくなりました。
それを解消するために、貴族たちはイギリスやアメリカの大富豪の令嬢と政略結婚をします。アメリカ富豪たちはイギリス貴族の称号や格式を得ることができました。

20世紀に入ると成金(ブルジョワ)たちが社交界に君臨するようになり、貴族の伝統が失墜してしまいます。格式と伝統を失うことを、当時の大貴族たちは嘆きました。

第一次世界大戦が終わると、国力が疲弊したことで貴族の生活も凋落します。町屋敷(タウンハウス)だけでなく、田舎屋敷や領地まで売りに出さないと暮らせない貴族もいました。

第二次世界大戦後、さらに税金が上がったことで、貴族の権威はほぼ失われました。称号だけが残り、末裔たちは一労働者として生活をしています。

※階級や社交界については、過去のヴィクトリアン豆知識の記事に詳細があります。

主な参考文献

イギリス貴族―ダンディたちの美学と生活

図説 英国貴族の令嬢 (ふくろうの本)
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↑20世紀前半、伯爵家の生活を知ることができます。シーズン1と2がおすすめ。