「怪物執事」と呼ばれたサイコパス殺人犯 ロイ・フォンテーン


怪物執事 英国を魅惑した殺人鬼の真実

1978年、スコットランドでひとりの人間が終身刑を言い渡された。ロイ・フォンテーン――本名アーチボルド・ホールは数々の屋敷に執事として入り込んで金品を盗み、実弟をふくむ5人の人間を殺害。

執事になりすまして窃盗を繰り返したロイ・フォンテーンの証言はどこまで真実で、なぜ殺人を犯したのか?
を検証する内容。
3部構成で書かれており、第1部はロイ・フォンテーンことアーチボルド・ホールが出版した自伝『完璧なる紳士』による証言。第2部はその証言の検証。第3部はフォンテーンが怪物になった考察です。

フォンテーン自身が語った、彼の半生。第二次世界大戦の頃から1978年に逮捕されるまで。

少年時代から異性にモテて、少女たちから絶えず熱い視線を感じていた。それだけ自分は性的魅了に溢れて才能ある存在だった。
16歳の誕生日、母親の友人である30歳の女性からジャケットをプレゼントされ、ディナーをし、ベッドに誘われたのが忘れられない。童貞を捨てたきっかけだった。
その後、ナチス崇拝をしたとイギリス軍に疑われたが、「ヒトラーは経済的には貢献した」と自分を弁護した。同時に父親が「年を取りすぎた」と軍を除隊される。
そしてフォンテーン一家は引っ越したのだが、その地でフォンテーンは美しいポーランドの兵士と恋に落ちる。彼から同性愛のテクニックと、文化的知識を学び、少女だけでなく男性たちからも熱い視線を浴びるの感じた。
フォンテーン少年はその刺激的な経験から、父親たちのような退屈な人生を歩まない決断をする。もっとも手っ取り早いのが宝石泥棒であり、戦時中はかんたんに空き巣ができた。
1942年に高級レストランでひとり食事をしていると、ユダヤ人紳士に一目惚れされてベッドをともにした。そして社交界に連れて行かれ、あらゆる有名人と交流して知り合う。淑女はもちろん紳士たちとも、性的関係が絶えることがなかった。偽名はそのころから使った。
こうして18歳のフォンテーンは、ひとりの若い紳士として受け入れられるようになった。


1945年の戦後から、フォンテーンは宝石泥棒をするためにロンドンに住むが、宝石店のショーウィンドウを破って強盗をした罪で刑務所に入れられる。
1952年に出所後、別居した母親が家政婦として城で働いたのがきっかけで、フォンテーンは運転手として雇われる。
同僚メイドとの色恋で解雇されるものの、その後は紹介状を偽造して、さまざまな屋敷で住み込みながら執事として働くようになる。食器や宝石の知識は刑務所の図書室で学んだから問題なかった。
目的の宝石を偽造し、本物とすり替えて盗んだ。精巧にできていたから、発覚することはまずない。
ある貴族の屋敷で奉公したとき、主人宛の紹介状を渡さず、それを持って園遊会へ主人になりすましてでかけた。紳士だったフォンテーンは上流階級の人々に怪しまれず、その機会に知り合ったある宝石商の女主人と懇意になる。赤いバラを贈り、親しくなったことで、彼女の警戒を解くことに成功する。
しかし自分の経歴が主人に知られたため、惜しまれつつフォンテーンは解雇される。それだけ彼は上流階級を魅了する執事だった。

フォンテーンが赤いバラを贈った宝石商の女主人を訪ねたとき、仲間を使って店の奥にあるブリキ箱を盗んだ。仲間のウートン(後に義父となる)に電話をさせ、その電話に出ているすきに、フォンテーンが電話帳の入った箱と交換した。
大成功に終わり、裕福なアメリカ人になりすまして過ごすものの、逮捕されてしまう。怪盗としてすでに有名人だったフォンテーンは、警察署長に握手を求められ、検事と取引をして罪を軽くさせ、刑務所では囚人たちが我先に握手を求めてきた。
出所後、すぐに盗みを働いた宝石商の女主人に会いに行くと、避難されるどころかにっこり微笑まれた。

1956年、フォンテーンは大胆な詐欺を思いつく。
アラブの大富豪(シーク)になりすまし、高級ホテルのスイートルームに宿泊した彼は、宝石商たちに宝石を買いたいと申し出る。風呂に入ったシークが手を差し出すと、5人の宝石商たちは次々と、サンプルの宝石を差し出した。
湯気で満たされて中が見えないスキを狙ったフォンテーンは、ローブを脱ぎ捨ててスーツ姿になると、もう一つのドアから逃亡し、30万ポンドもの大金を手にした。
ほかにも贋物とすり替えた宝石の窃盗や、偽のフィアンセを使った宝石泥棒を繰り返す。
あるパブの金庫に目をつけ、番犬を手懐けたすきに、仲間と金庫を破った。大金を手にして証拠を隠滅したことで盗みは大成功だった。

あるとき、パブで酔っ払った女から、アメリカ人の富豪が長期旅行で不在だという情報を仕入れ、盗みに入るが、金品を見つけることができなかった。仕方なく遊び心で、骨董品を赤いバラを贈ったあの宝石商の息子へ売った。
驚いた宝石商の息子が警察へ通報したものの、この時フォンテーンは尋問されただけで終わった。
今度こそ宝石を盗もうと、またアメリカ人富豪の屋敷で窃盗を働く。首尾よく終わったものの、宿泊していたホテルに警察が踏み込み、逮捕された。
3件の家宅侵入と拳銃所持で35年の懲役を言い渡されるが、実際に服役したのは15年だった。
フォンテーンは憤慨する。
「誰も傷つけず、裕福な人々だけを狙ったというのに。拳銃だって発砲したことなく、ただ所持していただけだ。小児性愛者より罪が重いのは不公平だ! イングランドの金持ちを守るための法制度には吐き気がする」


1963年に仮出所をしたフォンテーンは、ハロッズでスーツを新調すると、母とウートンの結婚式に出席した。
そして執事の職を探し、上流階級のお屋敷の住み込みで働く。金持ちの元で働くのは盗みの成果だけでなく、本物の上流階級の生活に触れることでフォンテーンは満足を得た。
性的魅力に溢れていたフォンテーンは、ある屋敷で女主人に惚れられ、ベッドに誘われた。
ある屋敷では、リストにない銀器を売払い、金を稼いだ。
しかし転職先である金融業者クロア氏の屋敷で、フォンテーンの身元が主人に発覚した。またも逮捕されてしまう。容疑は宝石の窃盗だった。計画では、その主人から大金を盗み、海外へ高飛びをする予定だったというのに……。

刑務所に送られたフォンテーンは仲間3人で脱獄し、1966年に再逮捕されるまで窃盗と強盗を繰り返した。
金持ちへのウサを晴らしたい一般人たちが、次々有名な泥棒へ宝石のありかの情報を送る。
賭け屋の自宅へ押し入り強盗をしたフォンテーンは2人の仲間と警察官に扮装し、その賭け屋が盗品を売買していたことを知ると、警察へ匿名で通報をした。
その後、宝石店のショーウィンドウを破って強奪するが、仲間2人が次々に逮捕されてしまう。
単独になった直後、マーガレットという妊娠した若い女性と知り合い、その娘はフォンテーンに「私の娘」と呼ばれるようになる。
マーガレットと同棲しながら、農場で詐欺を働き、クリスマスのパーティに招待した宝石商から空手形で宝石を買った。それがもとでついにフォンテーンは再逮捕された。

警備の厳しい刑務所に収容されたフォンテーンは、不正を働く看守を告発する。その看守は受刑者たちから賄賂を受け取り、記録をきれいなものに改ざんした。そうすると保釈の可能性が高くなるのだが、その看守はサディスティックで受刑者たちを痛めつけていた。
フォンテーンは所長に訴え、初めは相手にされなかったが、受刑者たちが体験したことを話すと刑務所の腐敗が問題になった。しかし、そのサディスティックな看守は罪に問われることはなかった。「受刑者たちが大金を持っていない」ため、裁判で賄賂は不可能と判決が下ったためだった。
嘘つき呼ばわりされたフォンテーンは、(刑事が彼のそばでこっそり落とした)10ポンド札を持ち「金を得る手段はある」と訴えるも、看守は無罪放免で終わった。

刑務所の不正義に失望するフォンテーンだったが、生涯の恋人であるバーナードと出会う。
深い仲になった2人は、出所したらまっとうになって一緒に暮らすことを固く誓う。46歳にして真実の愛を知った。
1970年、先に仮釈放になったフォンテーンは、恋人バーナードのためにある作戦を実行した。
ある男娼の友人から革製のブリーフケースを受け取る。それは金持ちの男性客から盗んだもので、フォンテーンが錠を破ると国家機密の書類が入っていた。
恋人バーナードを早く釈放させるよう、その書類を使ってソヴィエトと裏取引を試みるが、その半ばで結婚したばかりの妻ルースの裏切りにあい、頓挫してしまう。2人(バーナードとルース)同時に愛された悲劇を嘆きつつ。
逮捕されたフォンテーンと入れ替わるように、バーナードは出所した。ルースを使って恋人に高級車を贈ったが、その車でバーナードは事故を起こして他界してしまった。
50歳のフォンテーンは恋人の死にショックを受け、この世を呪い、人生の道をさらに踏み外すきっかけとなる。


1977年、刑務所を仮釈放されたフォンテーンは、執事としてレディ・ハドソンの屋敷で奉公を始める。
服役中にできた恋人のライト青年を呼び寄せ、雑用係としてともに働いた。
フォンテーンは退職後に屋敷の窃盗をする計画だったが、ライトは「早く盗もう」とせかす。そして女主人のダイヤモンド指輪を盗んだことを知ったフォンテーンは怒り、口論となった。
その後仲直り、また口論を繰り返していたある夜、泥酔したライトに銃を撃たれる。幸い、銃弾はフォンテーンの頭をかすめただけで終わったが、この時、命の危険を感じ、ライト殺害を決断した。
以前、ライトは出所したばかりの時、同性愛者の外国人を殺したと、ほのめかしたことがある。だから殺られるのは時間の問題だ。
翌朝、ライトを連れて猟に出たフォンテーンは、猟銃でライトを殺害する。ウートンといっしょに森に穴を掘ってライトの遺体を埋めようとしたが、地面は凍っていた。いったん、諦め、小川のそばに隠し、1週間かけて埋めた。
埋めた場所は殺害仲間のウートンすらわからないほど、完璧な仕上がりだった。

ついに殺人を犯したフォンテーンはつぎにレディ・ハドソンを狙うものの、通報の電話が夫人を救う。「令夫人様。お宅の執事は、宝石泥棒の前科者ですよ」と。電話の主は、新婚時、フォンテーンが付き合っていた愛人の女だった。
警察に連行されたフォンテーンを仕方なくレディ・ハドソンは諦める。女主人は素晴らしい仕事ぶりだった執事の追放を惜しんだ。

しばらくパリに引きこもっていたフォンテーンは、次の雇い主を探し、スコット=エリオット家の執事になる。
非常に裕福な老夫妻はフォンテーンと親しくなり、とくに夫人は「あたくしのお友だちのロイ」と呼ぶほど仲が良かった。
夫妻の銀行口座から金を引き出し、空にすることを計画。キトーという男を仲間にする。病院で出会ったメアリーの友人である。キトーは稀代の泥棒フォンテーンを信奉するが、その彼がフォンテーンを滅亡へと導くことになる。

ある夜、スコット=エリオット氏の部屋を見たいと言い出したキトーと、夫人の部屋へ忍び込むと、でかけていないはずの夫人がそこにいた。「こんな夜更けに何をしているの?」と夫人が問いかけた直後、キトーが夫人の口を抑えて窒息死させる。
フォンテーンはウートンに連絡し、夫人の遺体を車のトランク積んで隠した。
妻の不明を怪しむ前に、フォンテーンは酒に睡眠薬を混ぜ、それを主人に飲ませる。ぼんやりとした意識のスコット=エリオット氏を車に乗せて出発した。メアリーが夫人の衣装を着て、主人の妻になりすまし、小切手を換金する。
村の宿に泊まった翌日、車をレンタルして夫人の遺体を積み替えて、森に埋めた。
そしてフォンテーンたちは、スコット=エリオット氏も殺害する。スコットランドのホテルに宿泊した翌日、車に乗った主人が「小便をしたい」と言って降ろし、背後からキトーが首を締めるが抵抗される。フォンテーンが老人を地面に押し倒し、キトーがスコップで頭を殴った。
遺体を木の下に埋め、フォンテーン、キトー、メアリーは車で旅を続けた。

軽率なメアリーはロンドンの友達に電話をし、夫人の毛皮のコートを着て村をぶらついた。フォンテーンは再三注意をするが、彼女は言うことをきかない。
スコット=エリオット夫妻の殺害が発覚することを恐れたフォンテーンは、暖炉の火かき棒で彼女を殴り、ビニール袋を被せ窒息させた。
メアリーの遺体を川に投げ捨てる。
フォンテーンは大金を手に入れて南国でのんびり暮らしたいのだが、キトーは違った。彼は犯罪者として成功をおさめたいのだ。

その頃、3年の刑期を終えたフォンテーンの異父弟ドナルドが出所した。義父ウートンとうまくいかず、フォンテーンもドナルドをひどく嫌っていた。軽蔑する弟の殺害を決め、仲間に入れるフリを装いながら、ドナルドをクロロフォルムで窒息死させる。
遺体を車のトランクに積み、フォンテーンとキトーは埋める場所を探す旅に出るものの、キトーのミスで警察に捕まった。ナンバープレートを付け替えたが、税支払い済のステッカーの番号はそのままだったからだった。
宿に泊まったとき、オーナーが「怪しい」と感じ、警察へ通報したことで発覚する。警官に車を調べられ、ドナルドの遺体が見つかり、フォンテーンとキトーは逮捕された。
そして終身刑を言い渡される。

フォンテーンの証言の検証

どれが真実で、どこまでが虚言なのか――?
本書では第2部で細かく検証しています。
明らかな虚言はともかく(シークのくだりとかw)、とくに印象に残った、嘘について。

1人目に殺害した、ライト。
彼とフォンテーンの関係ですが、ライトの恋人(女性)の証言によると、ライトはフォンテーンの言いなり状態だったそうです。他人から見てすぐわかるほどの上下関係。
そして盗みをしたくてたまらないライトが仲違いで、フォンテーンを撃った。それが殺害動機であると証言していますが、本当にフォンテーンは撃たれたのか?
その撃たれた寝室現場には、頭をかすめただけとは思えないほどの血痕がありました。そのおびただしい血は、フォンテーンではなく、ライトのもの。一緒に猟へでかけ、そのとき殺害した、とフォンテーンは証言していましたが、真実は違うようです。
……断言できないのは、ライト殺害については、目撃者がおらず、通報もなく、フォンテーンの証言から発覚した殺人だったためです。たしかに死体は供述した場所に埋められていたものの、なぜ殺害したのか動機は不明のまま。
本書では、「ライトに恋していたフォンテーンは、相手にされないことに嫉妬したのではないか」とありました。

金融業者クロア氏のもとで奉公したことを自慢するフォンテーンですが、実際働いたのはわずか6日間。
働き始めてすぐ、食卓の給仕でフォンテーンは水差しを晩餐のテーブルに音を立てておきます。本来ならば、給仕用のテーブルに戻すはず。
ともに働く同僚がおかしい、と気が付き、クロア氏に報告。そして身元を調べられ、悪事が発覚して解雇されたのが真実です。
執事としてのキャリアを自慢するフォンテーンですが、実際はお粗末なレベルだったよう。

そんななりすまし犯罪者執事ですら、お屋敷で職を得ることができたのは、20世紀なかばのイギリスでは家事使用人がそれだけ不足していたことを物語っています。
紹介状を偽造し、転職先の雇い主が問い合わせをしたさい、前の雇い主になりすまして嘘の働きぶりを答えました。驚いたのは、職業紹介所へ登録ができたため、それを信じたレディ・ハドソンがフォンテーンを執事として雇ったことです。

1970年代のイギリスでは、執事が連続殺人を犯した内容が、センセーショナルに報じられました。
それだけ執事という存在が、主人に使える忠実な使用人として尊敬されていたのです。
しかしフォンテーンのような悪魔にとって執事とは、上流階級へつながるステイタス獲得の手段の一つとして利用できる職業でした。

なぜフォンテーンが自分自身を華麗な宝石泥棒で、正義の怪盗だと信じていたのか?
フォンテーンが少年時代を過ごした1930年代は、娯楽映画がたくさん上映されており、とくに人気があったハリウッド映画といえば、義賊ものでした。紳士である宝石泥棒が盗んだ宝石で、貧しい人々を救い、世の中の不正義をこらしめる内容です。
虚構と現実の境界があいまいなフォンテーンは、自分自身が義賊だと錯覚し、思い込み、それを信じて現実として妄想し、達成するために窃盗を繰り返します。そしてついに殺人まで犯したものの、その妄想はあくまでも「周囲が愚かだったから仕方なく」という虚実を信じます。

サイコパスの特徴そのままのフォンテーンは一見魅力的であり、彼を取材した記者がだんだん取り込まれ、同情し、味方になるくだりは背筋が寒くなります。
獄中結婚した木嶋佳苗や宅間守等、現代日本の連続殺人事件で有名な人々を連想させます。

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