イギリス近代史教本のヴィクトリア朝

イギリス近代史―宗教改革から現代まで(絶版)

これ一冊で基礎的なイギリス近代史をカバーできます。専門書ですから、説明ばかりの不親切な文章も多いのは仕方ないです。それを上回るだけの知識を得ることができたので、個人的に大満足の書籍でした。気になった事柄をいくつかメモ。

・イギリスでは貴族と平民の境が曖昧だった。その中間層に位置するのがジェントリと呼ばれる、地主階級の人々。家紋も大金を積めば買えたことから、資本次第で上流階級に名を連ねることができたのが、他の欧州貴族と大きく異なる・。ゆえに貴族の数もとても少ない。

・教養がジェントルマンを作るという理念があるため、特定の大学で教育を受けることができれば、専門職に就くことで将来ジェントルマン的地位を得ることができる。地主になれない次男、三男の受け皿的存在。

・ヴィクトリア朝時代にブルジョワと呼ばれる、中流階級が隆盛。地主支配階級と対立する。穀物法の廃止等で、自由貿易の確立。後に海外から安い穀物が大量に輸入されるようになると、国内農産業は衰退。地主支配階級も相続税が払えず土地を手放し、力を失っていくことに。

・産業革命が大量消費時代をもたらす。自給自足の農業的家父長生活から、賃金による消費社会に。貧富の差が拡大。自由主義で放置されていた過酷な労働環境を改善するために、労働法ができる。一日12~14時間も工場で労働。しかも賃金の安い女子供ばかりで、成人男性の仕事が少なかったらしい。

・中流階級のステイタスとして、家事使用人を家庭に置くことが主流になる。中流階級の主婦の義務は家庭を安らぎの場とし、着飾って客を優雅にもてなすこと。上流階級を模倣することが地位の誇示=レスペクタビリティ崇拝。

・レスペクタビリティは労働者階級にも存在していた。より上昇を目指すことが、生きるすべて。それがやがて娯楽につながり、大資本が動くようになる。鉄道でリゾート地に旅行、ウィンドショッピング等。労働階級の人々も図書館、公園、博物館で休日を楽しむようになる。

・どんなに貧しくても紅茶と砂糖は生活に欠かせなかった。中国の茶葉と西インド諸島の砂糖はもともとイギリスにはなかったもの。17世紀末の王室にはじまり、18世紀末にはほとんどあらゆる階層で飲まれるようになった。

・官僚制度。文官の任用は縁故と政治家の推挙による推薦制。陸軍士官の任用は買官制。クリミア戦争の後、中流階級の激しい非難により、公開試験制度と陸軍士官学校が登竜門となる。これによって、さらに中流階級のジェントリ化が可能になる。

貴族と庶民の図式ではなく、近代のイギリスはジェントリと労働者階級という二つの世界の図式で成り立っていたようですね。貴族そのものの数が少なかったという史実が意外でした。貴族と平民の境が緩やかだったのが、自由主義となってブルジョワを作り、繁栄を謳歌することができたのでしょう。ただ、貧しい労働者はその恩恵にあまりあずかれなかったようです。

※投稿 2006年01月17日