従僕ウィリアム・テイラーの日記―一八三七年


従僕ウィリアム・テイラーの日記―一八三七年

当時を生きていたある従僕の一年間が、ある時は簡潔に、またある時はいろんな体験や階下の噂話を語っています。
作り話じゃないぶん、日々の愚痴や小さな喜びが活き活きと伝わってきて、読んでいるこちらまでリアルな当時の空気に浸かっているよう。薄暗く湿っぽい階下の様子や、青空のロンドン、濃霧に悩まされたり、突然の雷雨、池が凍るほど寒い冬などなど……。
そして階下と階上でのお勤めの本音、たびたび散歩に出かける本当の理由(補遺で語られています)、趣味の絵描きと読書に励む日々。

まだヴィクトリア女王の治世が始まる前後だったためか、世紀末のような悲惨な使用人の描写はほとんどありませんでした。自由時間も多いし、ウィリアムは高給取りで身なりも良かったし、食事も階上のおこぼれやつまみ食いだったし、想像以上にのどかな暮らしだったようです。
大都会ロンドンには鉄道が敷設されて間もなく、遠出をする際には駅馬車まで出かけたり、若い紳士(おそらく寄宿学校の生徒)を迎えに行ったりもしています。馬車もウィリアムが御者していました。

印象に残った語りは、ある従僕が同僚女中と間違って暗闇でキスしたら、なんと屋敷のお嬢さまだった。その後ふたりは結ばれるものの(!)、最後は極貧のどん底に堕ちたらしい、というゴシップ、です。
本当か嘘かは定かではないものの、こういう噂が教訓となって、簡単に階上の奥さまやお嬢さまに手を出したらだめだよ、という戒めでしょうね。他にも面白いゴシップがありました。

あとブライトンでの海水浴の日々が好きでした。仕事はもちろんだけど、のんびり泳いで教会めぐりをしてるウィリアム。なんてマイペースなんだ、とほほ笑ましい。

タイトルは紳士に仕える従僕、となっていますが、実際の主人は年老いた未亡人の奥さまと、その未婚の中年娘と、結婚した彼女の兄弟等の親戚たち。紳士にお仕えする日があれば、もっと良かったのにな、とこれだけが唯一残念な点でしょうか。

日記を読み終えて、補遺を読むと、感慨ひとしおです。初老のかっこいいウィリアムの写真もあって、まるで身近な友達の日記を読んだ気分。この日記を偶然探し当てた著者も、「私のウィリアム」と読んでいたぐらい親しみが持てる内容でした。